アフターダーク / 村上春樹 [本のこと。]
ある程度のボリュームの長編小説とその次の作品は、このところ順番に発表されている形で、「カフカ」と「1Q84」の間に存在するのがこの風変わりな小説でした。
いわゆる短編作品以外で、ここまで実験色の濃いものはかなり珍しいです。
主人公にあたる姉妹をその世界の外にある視点から観察して描写していくまま、まさかラストまで行く作品になるとは最初に読んだ時には意外で、読み終えて戸惑いました。
作品の気配に漂っている不穏な感じは「カフカ」とも「1Q84」ともつながっているのかもしれません。今のところの最新刊である「多崎つくる」ではまた、異なる地平に立ち始めているみたいで、改めて読み返してみて、この作品の立ち位置みたいなものを考えたりするのが面白かったです。
ランクA病院の愉悦 / 海堂尊 [本のこと。]
ちょっと久々に文庫化の海堂さんの新作、単行本として出版された時点では「ガンコロリン」でした。
この文庫を手にとるまで内容を知らなかったんですが、「玉村警部補」に続く短編集なのでした。
その中の表題作が最初は「ガンコロリン」、そして文庫化にあたり「ランクA病院の愉悦」と変更、このあたりの事情はもしかしたらどこかで著者に語られるかもしれない真相みたいなものがあるかもしれない、と勝手に想像しています。
今回の中に含まれるそれぞれのエピソードは、特にこの表題作になっている2つの作品で、星新一さんのショートシートのテイストになんだか親和性があるように思えていて、ひとつには想像してみた少し先の未来の社会を描いていて(海堂さんの場合、その想像が半分は的中してほしくないんだけど、十分現実味がありそう)、風刺とブラックユーモア、毒がある作品だなぁと感じました。このあたりのエピソードについては、これまでの長編作品との関連はあまりありません。
そして他の作品群の中では、「ブラックペアン」と「バチスタ」をつなぐあのエピソードが描かれていた一編が個人的には好きでした。
海辺のカフカ / 村上春樹 [本のこと。]
あまりに記事の更新、さぼってしまっていたので、もうずいぶん読了してから時間も経ってしまいました。
この作品を新刊で読んで、ちょっと時間が経ってから読み返していたのもたぶん5年以上は前でした。
現在の自分は、もうすっかりホシノくんの年齢よりジョニーウォーカーとかナカタさん寄りに近づいています。とはいえ、読み進めていくと気持ちはやっぱりカフカくん寄りになるのが当たり前かもしれませんが、自分にとって長編作品での村上作品の主人公の価値観・行動規範にだいぶ影響されているのもあるんで、やはり共感していました。改めて読み返してみて、これまでの一人称の主人公に比べて、自らの行動の過ちにはっきり気づいて後悔する、その姿が思春期の、入りたての段階の年齢として描かれていたからなのかもしれません。とはいえ、彼はそれでも極めてタフな少年ではあるんですが。
昨夜のカレー、明日のパン(文庫版) / 木皿泉 [本のこと。]
つい最近に、新刊として読んだ作品をこうして文庫で買い直して読むのは自分としてもそれほど多くはありませんが(最近は最初から文庫で購入することがほとんどでもあるので)、これは書店に並び始めているのを発見して、即決でした。巻末にボーナストラックとして収録されている文庫のみの特典、書下ろし短編「ひっつき虫」。最初から改めて読んでみたんですが、するするっと、その流れのままに読み終えていました。思っていたとおり、幸せな読後感でした。ギフとテツコと一樹と岩井さん。その日常は、いろんなことを考えて、自分の行動をそれなりの決断で選択して、そうして続いていく。だから、新しいエピソードがここで語られていても違和感が全然なかったんでしょうか。これはまた、少し時間が経ったら、また手にとって味わってみたい作品です。
スプートニクの恋人 / 村上春樹 [本のこと。]
「アンダーグラウンド」にかなり時間がかかりましたが、この作品は長さとしてもほかの長編よりずっと短いものだし、すぐに読み終えました。
新刊として出版されたのが1999年、ほぼそれ以来初めて今回読み返してみたことになります。
この作品では、一人称の主人公が初めてひらがな表記の「ぼく」になっていたのを、後から知りました。
ぼくが思いを寄せる相手であり、大いに個性的であるからかぼくがよき理解者のひとりであるすみれには別に対象となる人物がいて、それが今回はまた少し変わったプロフィールの人物ではありますが、描かれている状況がなんとなく「ノルウェイの森」に共通するものに感じられました。スプートニクはビートニクと勘違いされていることで会話の中で出てくるんですが、作品の世界観の中ではそのエピソードとは別の次元で象徴的な意味を持つことになります。
後半、ひとつのエピソードとして登場するにんじんという少年をめぐる出来事、その対応をする店員の暮らす価値観の居心地の悪さは、今の自分の感覚ではなんだか以前読んだ時以上にリアルに実感できました。
羊と鋼の森 / 宮下奈都 [本のこと。]
昨年2015年末のTV番組「王様のブランチ」ブック・アワードでこの小説が大賞を
賞しました。
最初にこの作品が特集されていた時にすでにちょっと気になっていたんですが、せっかくなので読んでみようと思いました。
まさか、その後2016年の本屋大賞受賞までいくことになるとは思いませんでした。
とあるきっかけにより、ピアノ調律の仕事を始めることになった主人公の青年、この人物の纏っている雰囲気が、なんとなくですが自分には村上春樹氏の小説で一人称で登場する人物像に近い気がして、なんだか馴染みがある気がしていて、それゆえ勝手に親近感を感じていました。
彼がその目標として尊敬しながらもさりげなく歩むべき道を示してくれるベテランの調理師さん、そして直接指導者として、自らもこの職人の世界と格闘しながら彼の成長を見守ってくれている調理師さん、それに、縁あって出会った依頼人の姉妹。この深くどこか温もりのある「森の中」で見える風景がじんわりと沁みて、読了したとき、凝りをほぐしてもらったように穏やかに心が満たされていました。
宮下奈都さんは作家として、まだこの時点でほぼ無名だった方でしたが、一躍注目されてしまいましたが、こんな作品と、そしてその物語を紡ぐ作家の方に、出会えてよかったです。
まだ読んでいない作品も、いくつか文庫で書店に並んでいます。
このきっかけから、ほかの作品も読んでみたくなりました。
映画にまつわるxについて / 西川美和 [本のこと。]
映画監督であるほか、最近では文筆家としても評価が高まっている西川美和監督のエッセイ集なんですが、最初の1編がx=ヒーローとして、朝青龍の引退の話題。
その独自の視点が最初から全開で語られるので、やはり圧倒されました。
その映画にまつわるさまざまが、ふわふわと漂っていることにほとんどの人は気づかないままなのに、そこに何か感じ取って、言葉に置き換え、イメージを転換し、たとえば「ディア・ドクター」のような、あるいは「夢売るふたり」のような脚本と、作品が出来上がっていくことに、なんだか納得です。もちろん、長編映画が無事公開にまで辿りつくには監督以下、多くのスタッフ、関係各方面の支えがあってこそなのは分かるんですが、やはり作品は最後は監督のものになるし、西川監督作品はよりその存在感が際立っているように思えています。エッセイとしてもちろん読み進める楽しさが第一にあるとして、執筆者その人に何より感心してしまいます。
あん / ドリアン助川 [本のこと。]
先に映画を観て、出会った作品が本当に大好きになってしまったので、早速この原作小説にとりかかりました。
(記事にするのがすっかり遅れたんですが、読み終えていたのは2015年でした)
読み進めていくうちに、映画化された脚本が本当に誠実にこの原作に向き合って描かれていたのが改めてわかりました。
舞台となったハンセン病患者の隔離施設に関する言及も、映画でもほぼ忠実に再現されていたんですが、文字によって訴えかけてくるものの厳しさを追体験できました。
映画を先に小説を読むと、登場人物が俳優さんのイメージとして浮かびますが、それが実にすんなり受け入れられました。
映画は映画で、できるだけ多くの人に触れてほしい作品だなと思ったんですが、この原作も一緒です。沢山の人が、手に取って味わって、感じてほしい作品です。
アンダーグラウンド / 村上春樹 [本のこと。]
実は読み終えていたのは、もう数か月前です。
記憶では、読み始めたのが2015年の10月、それから約半年かかって、読了しました。
地下鉄サリン事件被害に遭遇した様々な立場の人たちの証言をインタビューアーとして村上春樹氏がまとめたこの1冊は、最初に新刊で出たときに読んで圧倒されました。
そして村上春樹氏の小説世界も、この現実に起こってしまった出来事によって大きく変容していったのは読者にとってすでに分かっていることではあるんですが、改めてその出来事が日本という国に残したものは、同じ年に起こった阪神淡路地震と重ねてあまりに大きかったのがわかります。
その後、2011年の東日本の震災、そして原発事故。もちろん、沢山の教訓があって、例えば災害救助に関して、耐震に関して、あるいはPTSDに関して、それ以前より多くの人が共有することになった様々なものがある訳ですが、もしかしたらこの時々に慣らされた警鐘が機能しなければいけない大事なところには結局、届いていないのかもしれないと、ふと思えてしまうことも実はあります。
いま改めて読み直してみて、自分が普段、マスコミの報道に対して半分無意識に感じたりする居心地の悪さのようなものを、自分はこの作品に最初に出会ったときに気づかされていて、その感触が今も残っているように思えました。
読みなおして、こうしてまた時間をおいて読了できて、本当によかったです。
ねじまき鳥クロニクル / 村上春樹 [本のこと。]
久々にこの長編を読み終え、その余韻に浸っています。
データを見たら、1997年の時点でもう文庫化されていたんですね。
新刊として最初に並んだ2冊、そしてまさかあるとは思っていなかった完結編、第3部を一気に読んでみると、その後刊行された幾つかの長編の記憶も自分にはあるので、この作品から揺さぶられる感情の部分が随分と違ってるんだなぁと改めて思いました。初めて読んだ当時、ごく記憶に新しいものとしてあったのが阪神淡路大震災であり、地下鉄サリン事件であり、その出来事に地続きに感じられていたノモンハンはまた、その後に起こった東日本大震災、そして原発事故の記憶とともに、少し違った角度から見えてきました。
ここで描かれている綿谷ノボルという存在はその当時、あまりに強大でゆるぎなかったものに感じられていたんですが、こうして2015年になって読み返してみたとき、その存在の得体の知れなさは少し薄れて、実態がかなり漏れてきているように思えていて、それに気づいたとき少し戸惑いました。
もしかしたら、最初に読んだあの時からずっと、自分の中のねじまき鳥さんは、冷静に考えて敵うはずもない相手に対峙し、あきらめずに格闘を続けていてくれたのかもしれないと、感じました。その感覚は自分にとって、すごく励みになります。
次の長編に行く前に、「アンダーグラウンド」そして「スプートニクの恋人」と、先に読んでおくべきものがまだありますが、可能なら2015年の内に「カフカ」や「1Q84」までたどり着きたいと思っています。