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「バベル」 [cinema]

5/1にファースト・デー割引1000円を利用して観てきました。
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督は「21グラム」以来。その前の長編デビュー作「アモーレス・ペロス」は結局まだ観ることができないままです。
今回、日本公開前に既にカンヌでの監督賞受賞、更にアカデミー賞でのノミネートの話題がメディアで大きく取り上げられてTVの露出も過剰になっていたんで映画館が混みすぎていたらどうしようとか余計な心配をしてしまいましたが、作品そのものは楽しみでした。
「21グラム」でも脚本・原案は監督のアイデアでもあり、複数の人物の過ごす時間軸が錯綜して進んでいく構成も見事でしたが、そのスタイルはやはり踏襲されていて舞台がモロッコ、アメリカ→メキシコ→アメリカ、日本と今回も人物の視点が自在に移動して物語が描かれていました。
これを神の目線の俯瞰という捉え方も確かに出来ます。

(以下、ネタバレということではないんですが、かなり内容に触れていますのでご注意ください)

発端となる銃の発砲は偶然の出来事で、そこに敵意も殺意もなかったのに、悲劇の連鎖を起こしてしまうきっかけとして描かれていて、その意図しない展開こそがこの物語で他のエピソードにも共通して言える切ない部分でもありました。
そこに暮らす兄弟が互いを素直に受け入れられないのはまだ成長途中のよくあることで、決して深い心の闇を抱えているような事態ではなかったし、突然の銃撃を受けた観光バスの中のアメリカ人夫婦も疑心暗鬼に駆られ周囲の旅行客から完全に孤立するまでの状況は考えもしなかっただろうけど、物語はとことん最悪な方向にしか進まないという置かれた状況からはごく自然な展開から目が離せなくなっていました。脚本設定の巧さといえば、まさにそこにあるんですが、狙い定めて戦略的に書かれている感じはあまりしません。なので訳知り顔でメッセージ性を盛り込んだりするより、あるがままの、もしかしたら直視したくはないような人間の業の深さのような部分を、逃げない表現として描いている気がします。この辺は「歓びを歌にのせて」に通じるテイストだなと感じました。
メキシコと日本の部分は間接的につながりのあるその先に、また別の悲劇が当然あるかのように描かれていて、メキシコとアメリカの国境での出来事はその偏見がいかに根深いか監督自身が身をもって実感している部分、そして日本は平和で安全はなずの豊かな生活の中にやはり絶望は在り、もしかしたら経済上の貧困となんら変わらない瀕死の魂があるのではないかという洞察が向けられている鋭さが見事でした。この日本編だけで1本の作品になる内容です。メキシコからのアメリカへの入国でまたひとつ悲劇を生む顛末は舞台が違えど「クラッシュ」でも共通する偏見が生むエピソードとして描かれていました。WASP以外のアメリカで住む人々が日常感じている違和感というか居心地の悪い感覚がよく伝わってくる気がします(と、これを書いている自分も、かなり偏見によって導き出した結論かもしれませんが)。

パンフにあった記事の中に、監督以下、日本キャスト3名がそれぞれ『世界を○○で繋げたい』というパズルのピースを日本会見の席で紹介していたという部分があったんですが、そこが実に興味深かったです。

イニャリトゥ監督が選んだ言葉は  "Compassion(思いやり)"、
役所広司氏は  “絆”、
菊地凛子さんは  “許し”、
そして日本編で重要な役どころのひとつである若い刑事を演じた二階堂智氏は “魂”。
特にこの日本キャストの3人は、それぞれの役柄もそうだし、撮影に臨んだ姿勢そのものを表しているようでたったその一言に込められたシンプルな力強さが伝わります。

映画で裸になれば「体当たり演技」という手垢にまみれた紋切り型の表現が使われるんですが、この作品でのチエコ役の中に息を吹き込んだ菊地凛子さんの表現は繊細かつ豪胆でたぶん日本映画の中で撮影するとしたらこういうアプローチはしないだろうなと思える自由さがありました(奥ゆかしいとかじゃなくて、そういう方向で発想しないだろうという意味で)。ゲリラ的にしか実行するほかなかったらしい都内での撮影はそのおかげで逆にリアルな表情が窺えることもあったし、チエコの人物設定が言葉を使うことに障害があることで生じてくる他者へのつながりを渇望する心の表現もほんと切実で複雑で胸に迫るものがあったと思います。その行動の不器用さを誠実に受け入れるケンジ役・二階堂智氏の表情、間のとり方、声のトーンがなんとも印象深くて、菊地凛子さんとのやりとりの空気感が最高でした。

まだこの作品について書こうと思えばこの数倍の分量の感想が続きそうで、ひとまず区切りを付けておきたいと思います。

バベル スタンダードエディション

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  • 出版社/メーカー: ギャガ・コミュニケーションズ
  • 発売日: 2007/11/02
  • メディア: DVD


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コメント 4

あじゃあじゃ

「バベル」とても観たくなりました。
by あじゃあじゃ (2007-05-04 18:33) 

cs

あじゃあじゃさん>
はじめまして。
niceとコメント、どうもありがとうございました。
映画を観た後に「これって、どうなの?どう思う?」っていう話題には尽きない盛りだくさんな情報量だしエピソードで、重たいけど観ておいて損はないと(あくまで、個人的には)思いました。
感想にはまだ書いてなかったんですが、音楽も映像に寄り添うあるがままの雰囲気ぴったりなので無情なムードが切ないです。
最後の最後に坂本龍一氏の「美貌の青空」という予告でも使用されていた楽曲が流れる場面は言葉にならない感情があふれてきてしびれます。
by cs (2007-05-04 18:43) 

n_taro

不評が多いと感じていましたが、csさんの感想を読んでいますと観てみたくなりました。
by n_taro (2007-05-04 21:49) 

cs

けんたろうさん>
はじめまして。
niceとコメント、どうもありがとうございます。
作品の感触として非ハリウッドという感じはするので、とにかく埃っぽくて一切クリーンな映像じゃない分、娯楽作品ではないかもしれませんが、ここで起こっている出来事がなんだか自分はすごく切迫して訴えるものがあった気がしています。あまり過度に期待はせずちょっと自分の目で確かめてみるかっていう程度で、もし気が向いたらどうぞ。ご覧になって、また感想でも教えてもらえたら嬉しいです。
by cs (2007-05-04 23:16) 

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